『VIVIENNE WESTWOOD ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝』が3月4日、DU BOOKSより刊行されました。1941年にイギリスで生まれたヴィヴィアンは、後にセックス・ピストルズのマネージャーを務めるマルコム・マクラーレンとともに、ロンドンでブティックをオープン。70年代のパンク・ムーヴメントを牽引する存在として一世を風靡します。90年代以降はエレガント路線へと転向し、海外セレブご用達のブランドとして大きな成長を遂げました。

『ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝』(ヴィヴィアン・ウエストウッド、イアン・ケリー著 桜井真砂美訳/DU BOOKS)(提供:DU BOOKS)

本書は、そんな彼女の幼少期から今日までを、本人のロング・インタビューや関係者への聞き取りをもとに構成したもの。これまであまり語られることのなかった、パーソナルなエピソードもふんだんに盛り込まれた内容となっています。

そこで今回、本書の翻訳本を担当したDU BOOKSの編集者、筒井奈々さんに、この本の読みどころをうかがってきました。ファッション史に残るヴィヴィアン・ウエストウッドについて、この機会に深く触れてみてはいかがでしょうか。

個人史としてだけでなく、カルチャー史としての読み応えも

「ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝』P159より抜粋(提供:DU BOOKS)

『ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝』P159より抜粋。(提供:DU BOOKS)

本書『ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝』の魅力について、簡単に説明してもらえますか?

ヴィヴィアン本人のライフストーリーも非常に興味深いのですが、当時のイギリスの世相やカルチャーについて知ることができるのも、この本の魅力の一つだと思います。中でも、マルコム・マクラーレンとの出会いから別れまでのエピソードは最大の山場ですね。マルコムと二人三脚でお店を切り盛りしていた頃は、パンクカルチャーがイギリスで盛り上がっていく状況があったこともあり、その社会背景と照らし合わせながら読めるので、その辺りはヴィヴィアンの個人史としてだけでなく、カルチャー史としても読み応えがあります。

ファッションデザイナーを目指す前のヴィヴィアンは、美術教師になろうとしていたのですよね?

はい。その頃はまだ女性の教育が行き渡っていなかったこともあり、進路は限られていたみたいですね。「理容師になるか、看護師になるかの二択くらいしかなかった」と書いてありました。そんな中、女性としてのキャリア道を文字通り切り開いてきた人なのだな、と。たたき上げの人なんですよね。自身がワーキングクラス出身だからなのかもしれないですけど、「大学に行ってるような男の子たちは好きになれないの」とも書いてあり、非常にヴィヴィアンらしいなと思いました(笑)。「どうせあの人たちは甘いパイナップルカクテルでも飲んでるんでしょ。私は汗の匂いがするような、労働している男の人が好き」って。

「ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝』P286より抜粋(提供:DU BOOKS)

『ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝』P286より抜粋(提供:DU BOOKS)